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ローズミンタラ

蟹から大柿へ


トラベルのお話の続きを載せる前にトラブルが生じてしまいました。

まず、そのご報告から。


台風21号は北海道の東方沖で温帯低気圧になったのですが、吹き込む冷たい北風が初雪をもたらしました。

べっちゃ べちゃ の重たい雪です。

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例年は、寒さが先に来てから雪となるので、これほど重くはないのです。

台風とミックスしてシャーベット状の雪がまとわりつき、寒さに弱い植物はあっという間に糸へんの冬(終)。


バラもまだ咲いていたので、重さに耐えかねて折れたり、裂けたり、曲がったり。

気になりますが、どうすることもできません。

天候が回復したら、養生することにします。

 

さて、これからが本題です。

Wordの漢字変換は、ときどき面白い誤変換を起こします。

AI(人工知能)が働いているらしいのですが、十分ではない。


いや、待てよ、もしかしたら十分すぎるのかもしれません。

今回は、可児(かに)市から大垣(おおがき)市へのルートを載せようとしていたのですが、ボクが食いしん坊だということをAIが認識して、「蟹から大柿へ」と食べ物に変換したのかもしれないのです。

 

可児市から大垣市までは車で1時間+αの行程。

途中、渋滞に巻き込まれたのですが、集合時間帯にはセーフ。

南は九州、四国から、北は北海道、山形方面から、参加者は13組、そのうち夫婦同伴が6組だったので、総勢19名。

回を重ねるごとに夫婦同伴が増加。

フロアー会に併せて、夫婦で観光するメンバーが徐々に増えてきたのです。

 

懇親会は、3時間弱。

皆さんお酒が弱くなったような気がします。

卒業してから27年になります。

齢(よわい)を重ね、お酒が弱(よわ)くなったということでしょうか。

 

翌日は、大垣市の幹事さんの計らいでバスで「関ヶ原&大垣城の視察」

まずは合戦の地に立地している「関ヶ原町歴史民俗資料館」で下調べ。

s-1007-2.jpg 

 

軍事評論家によると、関ヶ原の地の利は、圧倒的に西軍(石田三成軍)に有利。

しかも、東軍七万五千に対し西軍十万。

しかるに東軍(徳川家康軍)が勝利を収めたのは、なぜ?

 

西軍は数で勝り、地の利も得たものの、諸将が動かず足並みが揃わない。

西軍内の裏切り、諸将の思惑違いか? 

或いは東軍の懐柔篭絡、権謀術数の巧みさか? 

翻って、417年後の世相は如何に?

 

関ヶ原を眺望できる笹尾山(ささおやま:西軍の陣地)に登ってきました。

ここからは桃配山(ももくばりやま:東軍の陣地)を一望できるのです。

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チョットしんどいけれど、ボクの足で上り下り可能な高さでした。

一日の戦いの結果が、その後の三百年を決めた地ですから、感慨深いものがあります。

 

次は、西軍の本拠となった大垣城へ。

このお城は、昭和と平成に再建されたもので、全館資料館の趣。

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歴史は、良くも悪くも「勝てば官軍」の史実が後世に残ります。

と言うことは、負けた方の史実は消し去られる運命にある?

司馬遼太郎の著作に「関ヶ原」があることを歴史好きの幹事さんから聞きました。

司馬史観と評される人の著書です。消し去られたものを甦らせているかもしれません。

近々、図書館に行ってみるつもりです。

 

大垣で昼食後に散会となりました。 再会を約してそれぞれ予定の地へ。

豆大福コンビは高野山を目指したのでした。

 

 

 

 

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コメントコメント


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このタイトル食いしんぼうならずもグッド!です。
大垣の同窓会の後はなかなか、中身が濃かったですね。地元近くの人(私?)は関ケ原を眺望できる笹尾山も桃配山も知りませんでした(お恥ずかしいかぎりです)。
居ながらにしてご一緒について回っている気分になります。

takarinn | URL | 2017/10/25 (Wed) 09:06 [編集]


Re: タイトルなし

関ヶ原は、大垣の幹事さんがいなければ、行くことは無かったかもしれません。
関ヶ原の次は、高野山です。
こちらも、ご一緒してください(笑)。

大福 | URL | 2017/10/25 (Wed) 23:29 [編集]


 
 

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