ローズミンタラ

春を探しに(2)

【奄美2日目】

奄美は、初めてなので、どこを見ても興味が湧きます。

メジャーなところで「大島紬(おおしまつむぎ)村」を見学。

ペンションの近くなので、一番乗りで入場。

案内の人が付いてくれました。

 

【大島紬】

これから先は、案内の人の受け売りです。

大島紬といえば泥染めですが、泥染めの前にテーチ木染めをします。

テーチ木(車輪梅)の枝を割り大きな釜で煮立て、その汁に絹糸をつけ込む作業を繰り返すのです。

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次にテーチ木染めをした絹糸を泥田の中につけ込みます。

奄美大島の泥田には鉄分が含まれているのでテーチ木のタンニンと化合して黒く変化するのです。

テーチ木染め20回に泥染め1回を1工程とし、それを5回(合計100回程度)繰り返すと大島の黒が現れます。

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テーチ染めと泥染めにより、絹糸はやわらかくなり着心地よく着崩れもしにくくしわが付きにくい大島紬の素材へと変化するのです。

 

次は、織りの世界へと入っていくのですが、これから先も果てしない物語が続きます。

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今ではコンピュータグラフィックスですが、かつては方眼紙に模様を描いていたのだそうです。

知恵と技と根気に加えてセンスが必要な手仕事です。

 

仕上げは、反物を着物等に加工する作業があります。

俗に、お米をつくるには手間が八十八手もかかる。

それでお米は八十八と書くのだと言われていますが、大島紬はどれだけの手間暇がかかるのでしょう。 88手✕88手かもしれません。

値段の高い大島紬は手間暇の値段でもあるようです。


今日は島の南端、瀬戸内町まで行こうと決めていました。

途中、マングローブパークなどがあります。

 

【マングローブ】

マングローブパークでは小高い丘の上からマングローブの林を見渡すことができます。

階段を上ることにしました。

北海道の赤平市には炭鉱跡地のズリ山に777段の階段があります。

えびすのスーパーウーマン、ミッチイ先生は、登山のトレーニングとして、この階段を10分程度で上ります。

マングローブパークの階段は153段。

ズリ山の五分の一しかないのに、ボクは上るだけで息が切れてしまいました。

先生との落差が大きすぎる。

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頂上からは、山と川、そしてマングローブの林

汗が引いて息切れが治ったところで下山?

下山も結構しんどい。

今日は、砂川にいるとボクはリハビリの日でした。

砂川から離れていましたが、この階段の上下運動でリハビリは十分に達成したことになるのではないでしょうか。

 

【海の家】

ランチは、「せとうち海の家」

Tさんに教えてもらった海鮮丼

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ここは漁協の直営店です。


店の中に生簀(いけす)がありました。

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Oh! 鯛に、蟹に、伊勢海老! どれも旨そう!

これにお猪口があれば言うことなし。

ランチにはちょいと贅沢かな?

泣く泣く、撮るだけで諦めました。

 

食べ物といえば、ペンションの奥さんが「体にいいもの」マニア?

朝夕、朝夕、「酵素」いっぱいのピクルスと五穀ご飯が必ず出るのです。

ここには連泊したのですが、鶏飯(けいはん)までもが五穀米でだったのには驚き。

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朝のヨーグルトには、ドラゴンフルーツの酵素ソース添え。

色を見ると、「ほんとに体にいいの?」と思うのですが、これでいいのだそうです。

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「体にいいもの」のはいいけれど、連日は勘弁してほしい。

ネットの口コミでは、評判が良かったのでここにしたのですが、今度、奄美に行く機会があったなら、連泊はNG

 

その夜は土砂降り、雷鳴轟き、眠りが妨げられるほど。

豆福は、ジローが挨拶に来たのだと感じたようです。 賑やかな挨拶でした。

朝には止んで、一転していい天気。今回の旅行は、お天気に恵まれました。

 

【3日目】

出立の日は、Tさんご夫妻と鶏飯(けいはん)専門店でランチ。

鶏飯はやっぱり白いご飯のほうが嬉しい!


Tさんにナビゲートされて空港に行く途中に寄り道。

海の見えるグランドゴルフ場。

北海道ではパークゴルフがメジャーですが、奄美では、グランドゴルフでした。

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ゴルフ場への道は南国そのもの。

 

楽しい3日間でした。
Tさん、最初から最後まで大変お世話になりました。

ありがとうございます。

これから東京で豆福の友人と旧交を温め、翌日にはTさんのお孫さんにお会いしてから帰宅します。


帰ったら、バラが手入れを待っている。

いよいよ忙しくなるぞー!

奄美で存分に楽しんで、エネルギー補給したので、今年も精一杯がんばります!

 

 ps.

奄美大島に高速道路は無いはず。

大島ナンバーの車をレンタルしたところ、直前の写真のようにETCが付いている。
いつ、どこで使うの?
車を返すときに聞いてくるのを失念してしまいました。

疑問は残ったままです。 残念!

 

 

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春を探しに

ひょんなことから春を探しに南の島に行くことになりました。

経過を話すと長くなるのですが、かいつまんでお話すると、学生時代にお世話になった杉並の下宿の息子さんが一昨年に結婚したのです。

結婚式でお嫁さんのご両親と仲良くなり、「遊びにおいで、おいで」となって、それが奄美大島。

去年、男の子が生まれました。 お祝いをしなくっちゃ!

 

温かい奄美に春を迎えに行くことにして、帰りに東京に寄って、豆福の友人と旧交を温め、翌日に赤ちゃんの御尊顔を拝してこようという欲張りなプランを立てました。

  

それでは、東洋のガラパゴスと言われる奄美大島まで、一っ飛び~。

いや、乗り継ぎがあるので、二っ飛び~か?

二っ飛び~目では、眼下に富士山。

東京以西では馴染みのお山でしょうが、ボクにとっては稀にしか会えない山。

見入ってしまいました。

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奄美に降りると気温は24℃  

今朝、起きたときは、北海道では雪がちらついていたというのに・・・ここは、暑い!

春を通り越して、初夏の雰囲気。

ご両親(Tさんご夫妻)が空港まで迎えに来てくれました。

予約していたレンタカーで、Tさんの車を追尾しながらの観光です。

 

最初の訪問地は、空港に近い「あやまる岬」

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「謝る岬?」と連想したのですが、この連想は浅はか。「あやまり」でした。

「綾(あや)に織られた手毬」という意味なのだそうです。

 

太平洋と東シナ海に挟まれた島は、海岸が多様。

サンゴの白い砂浜があるかと思えば、岩浜があり、サーフィンのメッカもある。

ダイバーが喜びそうなところもあれば、内海でベタ凪のところもあって、その所々で海の色が違うのです。


ここは打田原海岸

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奄美は、大河ドラマ「西郷どん」と密接な関係があるのでした。

Tさんの案内で、西郷松と愛加那さんの足跡をたどってきました。。

 

「西郷松」

安政6年(1859年) に謫居を命じられた西郷が上陸に際し福徳丸のとも綱を結びつけた松。

ところが、松枯れで2011年に伐採されてしまいました。

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今は、松の切り株と「西郷翁上陸之地」の石碑があるだけ。


この松だけでなく、山の松もマツクイムシの被害で立ち枯れが目立っていました。

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緑豊かな奄美だけに、残念。

近くには松ぼっくりならぬ「豆ぼっくり」の直売店『西郷松本舗』がありました。

 

「西郷南洲流謫(るたく)跡」

西郷どんが現地妻、愛加那さん(龍 愛子)と住んだ家。

子どもの菊次郎は第2代の京都市長となりました。

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最近、奄美の観光客が増えたそうです。

大河ドラマ「西郷どん」の影響でしょうか?

ドラマで奄美のシーンは、どんな展開になるのでしょう? 気になります。

 

カーナビがあっても、初めての地で目的地を探すのは不安がつきものですが、今回は先導車がいるので、スーイ スイ。

ご自宅も案内していただき、宿泊ペンションまで先導して頂きました。

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(ブーゲンビリアが満開)


そのうえ自作の「たんかん」や「びわ」のお土産まで頂いて・・・

奄美には、23日滞在したのですが、その間、現地の果物を堪能しました。

知り合いになったばかりなのに、図々しかったかな?

Tさん、北海道へお越しの節は連絡くださいね。たっぷりご案内します。

 

この続きは、後日。

 

 

 

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最終日

旅行最終日

 

紀伊半島の旅行も最終日。

さあ、シマカンへ行くぞー!

ナビの行先に「志摩観光ホテル ザ クラッシック」を設定して高野山を出立。

 

走るルートはナビまかせ。

自動車専用道路を走っていると

「次、300m先、左折してください」

「ん? 左折できるようなところはないけど?!」


と 思っている間に通り過ぎて、目の前にはトンネルが接近。

トンネルを過ぎると、またトンネル。

そのトンネルを過ぎると、また、トンネル。

左折するところなんぞありゃしない。

 

ナビの画面は、車が緑の草原を走っている。

そのうち草原も無くなり、暗黒の海を走っている~?!

3つ目のトンネルを出てから、しばし。 

道の駅らしき施設が見えた。オー、やっと左折できる。

 

地元の人に聞くと、ここはできたばかりの施設。

方向は間違っていない。

ルートを確認して専用道路に戻ると、ナビは道路上を走行する画面に復帰???


と言うことは、

トンネルが無かった時は左折してここまで来る別ルートがあったのに違いない。

自動車専用道路はつながったけれど、ナビの情報が古いので草原を走る画面になったのに違いない。

それにしても、ナビの案内が途絶えたときの心細さったら・・・

如何にナビに頼っているかということを実感させられました。

 

ホテルは、G7サミットの会場となった「志摩観光ホテル」(シマカン)。

シマカンは「ザ クラシック」と「ザ ベイスイート」の2つのホテルがあります。

泊まったのはオバマさんが泊ったという「ザ クラシック」。

窓からはもう一つのシマカンの「ザ ベイスイート」 と「ザ クラブ」(赤い屋根)が見えます。

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眼下を見ると、ここは真珠養殖で有名な英虞湾。

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屋根付きのイカダは阿古屋(あこや)貝の養殖かもしれません。

 

 

高野山は精進料理だったので、志摩では海の幸。

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和食どころ浜木綿でアワビステーキ懐石。

ちょいと贅沢過ぎましたかねぇ。

でも、おいしかったです。 機会があったら、また、行きたい!

 

翌日の「伊勢詣で」は時間の都合上、伊勢名物の「赤福詣で」で代替。

折角、伊勢にいるんだから本店に行ってみますか?

旅行ガイドブックに載っていた赤福の電話番号をナビに入力。

????
着いたところは「赤福本社」

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守衛さんが「ここは、製造工場で、赤福は売っていないんだよ」

「えー!」

「赤福は道の駅や空港でも売っているよ」

ご親切にどうも、でも、伊勢の赤福直営の売店で買いたいのです。

気を取り直して、「赤福本店」の電話番号を捜して入力。

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伊勢内宮前の「おかげ横丁」にありました。


赤福詣でも無事終えた、次は、セントレア空港。

このルートは、順調すぎて、早く着きすぎてしまいました。

飛行機はスーパー早割だったので、便の変更は不可。

 

どうやって、時間をつぶそうか?

そういえば、セントレアに銭湯がある。

義弟がこちらに住んでいた時、利用していたのを思い出したのです。

「風の湯」で旅の垢を落とし、身も心も財布も軽くなって帰ってきました。

 

十分遊ばせてもらいました。 楽しかったよ~。

さあ、帰ったら、バラの冬支度だー。

来年も綺麗に咲いてもらうために、冬囲いを頑張るよー。

 

 

 


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打って変わって(その2)

 

先週にさかのぼってのお話になります。

レンタカーで、大垣から高野山を目指していました。

「山」と言うからにはぐにゃぐにゃ道路は承知の上ですが、雨が降ってきました。

可児市の花フェスタ記念公園や関ヶ原の視察のときは、「晴れ」

ところが、打って変わったお天気になってしまいました。


雨が降りしきる中、ライトをつけて走ります。

高野山は標高が高いせいか所々で雲が湧いてきます。

つづら折りで先が見通せない。

ん~、これも高野山の修行の一つか? 

 

午後6時前、海抜820mの平地に到着。

ここは1000m級の8つの峰に囲まれた東西5㎞、南北1㎞の平地で「八葉の里」と呼ばれています。 この地とハスの花をダブらせたのでしょうか。

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宿坊は、九条家菩提寺の一乗院。

 

お寺に泊って「精進料理」を頂くなんぞ、そうそうできることではありません。

是非、やって見たかったのです。

当然のことながら、肉、魚、無し。

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物足りないかな?と思っていたのですが、十分でした。

和室でしたが、小綺麗。

 

今回の旅行では、ここのトイレが印象的でした。

引き戸を開けると、自動で電気がつきます・・・これくらいは当たり前か。

次に洋式トイレの蓋が「どうぞ」とばかりに自動で開くのです。

用を足して立ちあがると「あらよっと」 自動で流れて行きます。


試しに蓋をせずに出てきました。

しばらくすると、蓋は閉まっているのです。

自動開閉でした。

古いというイメージの寺院に先進的なトイレ!

そのギャップが印象的だったのですが、流し忘れが無くていいのかもしれません。

 

お風呂もチョイス。

残念ながら、温泉ではありません。

でも、結構広いお風呂を独り占めしてきました。

折よく、だ~れも入っていなかったのです。

 

翌朝、午前630分から勤行(ごんぎょう)がありました。

本堂には椅子が用意されていたので、50分間でも足がしびれることはありません。

ところが、この日の外気温は9℃。

本堂に暖房は無く、震えるほど寒い!

ダウンジャケットを着込んでいる人もいたのに、シャツ姿で参拝。

う~ん、甘かった!

 

朝食も精進料理

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温かい湯豆腐が身に沁みます。

夕食の精進料理は、消化が良くて朝食が待ち遠しかった。

 

部屋の窓から中庭が一望できます。

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池の錦鯉を眺めながらの朝食。 贅沢なひとときでした。

 

さて、高野山の見どころはどこですか? 

案内所がありました。

まずは、近くの金剛峯寺へ

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広い寺院の中を見ることもできるのですが、すでに宿坊で多数の仏画、仏具、仏様にお会いしているので、内観はパス。

 

そのまま進むと檀上伽藍につきます。

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ここも広い。一周して、次はいよいよ弘法大師の御廟があるという奥之院へ。

一の橋から歩いて登ると2㎞、中の橋の駐車場からだと800m

一の橋から登ると、歴史の著名人の碑を見ることができるのですが、足に自信がない。

中の橋から歩きました。

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入口(スタート)

雨が凄かったのか、石畳の外は水が流れ、ところどころ大きな水たまり。

 

800mでも不安だったのですが、「見たい」と言う「欲」ですかねぇ?

歩き切りました。

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(ゴール目前)

この橋から先は、撮影禁止。

空海さんは恥ずかしがり屋さんなんですね。

雨にたたられた高野山でしたが、数日後には台風21号が猛威を振るった紀伊半島です。

撥水コート程度で対応できたのでこれでヨシとしなければならないのでしょう。

 

中の橋会館で昼食をとって、さあ次の目的地、志摩へ。

伊勢志摩サミットの会場を見てくるつもりです。

 

 

 

 

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蟹から大柿へ


トラベルのお話の続きを載せる前にトラブルが生じてしまいました。

まず、そのご報告から。


台風21号は北海道の東方沖で温帯低気圧になったのですが、吹き込む冷たい北風が初雪をもたらしました。

べっちゃ べちゃ の重たい雪です。

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例年は、寒さが先に来てから雪となるので、これほど重くはないのです。

台風とミックスしてシャーベット状の雪がまとわりつき、寒さに弱い植物はあっという間に糸へんの冬(終)。


バラもまだ咲いていたので、重さに耐えかねて折れたり、裂けたり、曲がったり。

気になりますが、どうすることもできません。

天候が回復したら、養生することにします。

 

さて、これからが本題です。

Wordの漢字変換は、ときどき面白い誤変換を起こします。

AI(人工知能)が働いているらしいのですが、十分ではない。


いや、待てよ、もしかしたら十分すぎるのかもしれません。

今回は、可児(かに)市から大垣(おおがき)市へのルートを載せようとしていたのですが、ボクが食いしん坊だということをAIが認識して、「蟹から大柿へ」と食べ物に変換したのかもしれないのです。

 

可児市から大垣市までは車で1時間+αの行程。

途中、渋滞に巻き込まれたのですが、集合時間帯にはセーフ。

南は九州、四国から、北は北海道、山形方面から、参加者は13組、そのうち夫婦同伴が6組だったので、総勢19名。

回を重ねるごとに夫婦同伴が増加。

フロアー会に併せて、夫婦で観光するメンバーが徐々に増えてきたのです。

 

懇親会は、3時間弱。

皆さんお酒が弱くなったような気がします。

卒業してから27年になります。

齢(よわい)を重ね、お酒が弱(よわ)くなったということでしょうか。

 

翌日は、大垣市の幹事さんの計らいでバスで「関ヶ原&大垣城の視察」

まずは合戦の地に立地している「関ヶ原町歴史民俗資料館」で下調べ。

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軍事評論家によると、関ヶ原の地の利は、圧倒的に西軍(石田三成軍)に有利。

しかも、東軍七万五千に対し西軍十万。

しかるに東軍(徳川家康軍)が勝利を収めたのは、なぜ?

 

西軍は数で勝り、地の利も得たものの、諸将が動かず足並みが揃わない。

西軍内の裏切り、諸将の思惑違いか? 

或いは東軍の懐柔篭絡、権謀術数の巧みさか? 

翻って、417年後の世相は如何に?

 

関ヶ原を眺望できる笹尾山(ささおやま:西軍の陣地)に登ってきました。

ここからは桃配山(ももくばりやま:東軍の陣地)を一望できるのです。

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チョットしんどいけれど、ボクの足で上り下り可能な高さでした。

一日の戦いの結果が、その後の三百年を決めた地ですから、感慨深いものがあります。

 

次は、西軍の本拠となった大垣城へ。

このお城は、昭和と平成に再建されたもので、全館資料館の趣。

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歴史は、良くも悪くも「勝てば官軍」の史実が後世に残ります。

と言うことは、負けた方の史実は消し去られる運命にある?

司馬遼太郎の著作に「関ヶ原」があることを歴史好きの幹事さんから聞きました。

司馬史観と評される人の著書です。消し去られたものを甦らせているかもしれません。

近々、図書館に行ってみるつもりです。

 

大垣で昼食後に散会となりました。 再会を約してそれぞれ予定の地へ。

豆大福コンビは高野山を目指したのでした。

 

 

 

 

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