ローズミンタラ

最終日

旅行最終日

 

紀伊半島の旅行も最終日。

さあ、シマカンへ行くぞー!

ナビの行先に「志摩観光ホテル ザ クラッシック」を設定して高野山を出立。

 

走るルートはナビまかせ。

自動車専用道路を走っていると

「次、300m先、左折してください」

「ん? 左折できるようなところはないけど?!」


と 思っている間に通り過ぎて、目の前にはトンネルが接近。

トンネルを過ぎると、またトンネル。

そのトンネルを過ぎると、また、トンネル。

左折するところなんぞありゃしない。

 

ナビの画面は、車が緑の草原を走っている。

そのうち草原も無くなり、暗黒の海を走っている~?!

3つ目のトンネルを出てから、しばし。 

道の駅らしき施設が見えた。オー、やっと左折できる。

 

地元の人に聞くと、ここはできたばかりの施設。

方向は間違っていない。

ルートを確認して専用道路に戻ると、ナビは道路上を走行する画面に復帰???


と言うことは、

トンネルが無かった時は左折してここまで来る別ルートがあったのに違いない。

自動車専用道路はつながったけれど、ナビの情報が古いので草原を走る画面になったのに違いない。

それにしても、ナビの案内が途絶えたときの心細さったら・・・

如何にナビに頼っているかということを実感させられました。

 

ホテルは、G7サミットの会場となった「志摩観光ホテル」(シマカン)。

シマカンは「ザ クラシック」と「ザ ベイスイート」の2つのホテルがあります。

泊まったのはオバマさんが泊ったという「ザ クラシック」。

窓からはもう一つのシマカンの「ザ ベイスイート」 と「ザ クラブ」(赤い屋根)が見えます。

s-1010-1.jpg 

 

眼下を見ると、ここは真珠養殖で有名な英虞湾。

s-1010-2.jpg 

屋根付きのイカダは阿古屋(あこや)貝の養殖かもしれません。

 

 

高野山は精進料理だったので、志摩では海の幸。

s-1010-3.jpg 

和食どころ浜木綿でアワビステーキ懐石。

ちょいと贅沢過ぎましたかねぇ。

でも、おいしかったです。 機会があったら、また、行きたい!

 

翌日の「伊勢詣で」は時間の都合上、伊勢名物の「赤福詣で」で代替。

折角、伊勢にいるんだから本店に行ってみますか?

旅行ガイドブックに載っていた赤福の電話番号をナビに入力。

????
着いたところは「赤福本社」

s-1010-4.jpg 
守衛さんが「ここは、製造工場で、赤福は売っていないんだよ」

「えー!」

「赤福は道の駅や空港でも売っているよ」

ご親切にどうも、でも、伊勢の赤福直営の売店で買いたいのです。

気を取り直して、「赤福本店」の電話番号を捜して入力。

s-1010-5.jpg 

伊勢内宮前の「おかげ横丁」にありました。


赤福詣でも無事終えた、次は、セントレア空港。

このルートは、順調すぎて、早く着きすぎてしまいました。

飛行機はスーパー早割だったので、便の変更は不可。

 

どうやって、時間をつぶそうか?

そういえば、セントレアに銭湯がある。

義弟がこちらに住んでいた時、利用していたのを思い出したのです。

「風の湯」で旅の垢を落とし、身も心も財布も軽くなって帰ってきました。

 

十分遊ばせてもらいました。 楽しかったよ~。

さあ、帰ったら、バラの冬支度だー。

来年も綺麗に咲いてもらうために、冬囲いを頑張るよー。

 

 

 


PageTop

打って変わって(その2)

 

先週にさかのぼってのお話になります。

レンタカーで、大垣から高野山を目指していました。

「山」と言うからにはぐにゃぐにゃ道路は承知の上ですが、雨が降ってきました。

可児市の花フェスタ記念公園や関ヶ原の視察のときは、「晴れ」

ところが、打って変わったお天気になってしまいました。


雨が降りしきる中、ライトをつけて走ります。

高野山は標高が高いせいか所々で雲が湧いてきます。

つづら折りで先が見通せない。

ん~、これも高野山の修行の一つか? 

 

午後6時前、海抜820mの平地に到着。

ここは1000m級の8つの峰に囲まれた東西5㎞、南北1㎞の平地で「八葉の里」と呼ばれています。 この地とハスの花をダブらせたのでしょうか。

s-1009-1.jpg 

宿坊は、九条家菩提寺の一乗院。

 

お寺に泊って「精進料理」を頂くなんぞ、そうそうできることではありません。

是非、やって見たかったのです。

当然のことながら、肉、魚、無し。

s-1009-2.jpg 

物足りないかな?と思っていたのですが、十分でした。

和室でしたが、小綺麗。

 

今回の旅行では、ここのトイレが印象的でした。

引き戸を開けると、自動で電気がつきます・・・これくらいは当たり前か。

次に洋式トイレの蓋が「どうぞ」とばかりに自動で開くのです。

用を足して立ちあがると「あらよっと」 自動で流れて行きます。


試しに蓋をせずに出てきました。

しばらくすると、蓋は閉まっているのです。

自動開閉でした。

古いというイメージの寺院に先進的なトイレ!

そのギャップが印象的だったのですが、流し忘れが無くていいのかもしれません。

 

お風呂もチョイス。

残念ながら、温泉ではありません。

でも、結構広いお風呂を独り占めしてきました。

折よく、だ~れも入っていなかったのです。

 

翌朝、午前630分から勤行(ごんぎょう)がありました。

本堂には椅子が用意されていたので、50分間でも足がしびれることはありません。

ところが、この日の外気温は9℃。

本堂に暖房は無く、震えるほど寒い!

ダウンジャケットを着込んでいる人もいたのに、シャツ姿で参拝。

う~ん、甘かった!

 

朝食も精進料理

s-1009-3.jpg 

温かい湯豆腐が身に沁みます。

夕食の精進料理は、消化が良くて朝食が待ち遠しかった。

 

部屋の窓から中庭が一望できます。

s-1009-4.jpg 

池の錦鯉を眺めながらの朝食。 贅沢なひとときでした。

 

さて、高野山の見どころはどこですか? 

案内所がありました。

まずは、近くの金剛峯寺へ

s-1009-5.jpg 

広い寺院の中を見ることもできるのですが、すでに宿坊で多数の仏画、仏具、仏様にお会いしているので、内観はパス。

 

そのまま進むと檀上伽藍につきます。

s-1009-6.jpg 


ここも広い。一周して、次はいよいよ弘法大師の御廟があるという奥之院へ。

一の橋から歩いて登ると2㎞、中の橋の駐車場からだと800m

一の橋から登ると、歴史の著名人の碑を見ることができるのですが、足に自信がない。

中の橋から歩きました。

s-1009-7.jpg 

入口(スタート)

雨が凄かったのか、石畳の外は水が流れ、ところどころ大きな水たまり。

 

800mでも不安だったのですが、「見たい」と言う「欲」ですかねぇ?

歩き切りました。

s-1009-8.jpg 

(ゴール目前)

この橋から先は、撮影禁止。

空海さんは恥ずかしがり屋さんなんですね。

雨にたたられた高野山でしたが、数日後には台風21号が猛威を振るった紀伊半島です。

撥水コート程度で対応できたのでこれでヨシとしなければならないのでしょう。

 

中の橋会館で昼食をとって、さあ次の目的地、志摩へ。

伊勢志摩サミットの会場を見てくるつもりです。

 

 

 

 

PageTop

蟹から大柿へ


トラベルのお話の続きを載せる前にトラブルが生じてしまいました。

まず、そのご報告から。


台風21号は北海道の東方沖で温帯低気圧になったのですが、吹き込む冷たい北風が初雪をもたらしました。

べっちゃ べちゃ の重たい雪です。

s-1007-1.jpg 

例年は、寒さが先に来てから雪となるので、これほど重くはないのです。

台風とミックスしてシャーベット状の雪がまとわりつき、寒さに弱い植物はあっという間に糸へんの冬(終)。


バラもまだ咲いていたので、重さに耐えかねて折れたり、裂けたり、曲がったり。

気になりますが、どうすることもできません。

天候が回復したら、養生することにします。

 

さて、これからが本題です。

Wordの漢字変換は、ときどき面白い誤変換を起こします。

AI(人工知能)が働いているらしいのですが、十分ではない。


いや、待てよ、もしかしたら十分すぎるのかもしれません。

今回は、可児(かに)市から大垣(おおがき)市へのルートを載せようとしていたのですが、ボクが食いしん坊だということをAIが認識して、「蟹から大柿へ」と食べ物に変換したのかもしれないのです。

 

可児市から大垣市までは車で1時間+αの行程。

途中、渋滞に巻き込まれたのですが、集合時間帯にはセーフ。

南は九州、四国から、北は北海道、山形方面から、参加者は13組、そのうち夫婦同伴が6組だったので、総勢19名。

回を重ねるごとに夫婦同伴が増加。

フロアー会に併せて、夫婦で観光するメンバーが徐々に増えてきたのです。

 

懇親会は、3時間弱。

皆さんお酒が弱くなったような気がします。

卒業してから27年になります。

齢(よわい)を重ね、お酒が弱(よわ)くなったということでしょうか。

 

翌日は、大垣市の幹事さんの計らいでバスで「関ヶ原&大垣城の視察」

まずは合戦の地に立地している「関ヶ原町歴史民俗資料館」で下調べ。

s-1007-2.jpg 

 

軍事評論家によると、関ヶ原の地の利は、圧倒的に西軍(石田三成軍)に有利。

しかも、東軍七万五千に対し西軍十万。

しかるに東軍(徳川家康軍)が勝利を収めたのは、なぜ?

 

西軍は数で勝り、地の利も得たものの、諸将が動かず足並みが揃わない。

西軍内の裏切り、諸将の思惑違いか? 

或いは東軍の懐柔篭絡、権謀術数の巧みさか? 

翻って、417年後の世相は如何に?

 

関ヶ原を眺望できる笹尾山(ささおやま:西軍の陣地)に登ってきました。

ここからは桃配山(ももくばりやま:東軍の陣地)を一望できるのです。

s-1007-3.jpg 

チョットしんどいけれど、ボクの足で上り下り可能な高さでした。

一日の戦いの結果が、その後の三百年を決めた地ですから、感慨深いものがあります。

 

次は、西軍の本拠となった大垣城へ。

このお城は、昭和と平成に再建されたもので、全館資料館の趣。

s-1007-4.jpg 

歴史は、良くも悪くも「勝てば官軍」の史実が後世に残ります。

と言うことは、負けた方の史実は消し去られる運命にある?

司馬遼太郎の著作に「関ヶ原」があることを歴史好きの幹事さんから聞きました。

司馬史観と評される人の著書です。消し去られたものを甦らせているかもしれません。

近々、図書館に行ってみるつもりです。

 

大垣で昼食後に散会となりました。 再会を約してそれぞれ予定の地へ。

豆大福コンビは高野山を目指したのでした。

 

 

 

 

PageTop

お世話になりました

 

自治大学校のフロアー会に出席してきました。

今回は、岐阜県の大垣市が舞台です。

 

折角、出かけるのだから、それにかこつけて付近を散策するスケジュールもプラス。

セントレア空港から岐阜県可児(かに)市の花フェスタ記念公園でバラを見て、その日のフロアー会では大垣に宿泊、翌日は和歌山県の高野山に泊って、その翌日はサミットで名をはせた三重県志摩市のシマカンに宿泊しようというプランです。

 

旅行はトラベルと言うだけあって、ちょっと外れるとトラブルが続出。

今回のトラベルもご多分に漏れず小さなトラブルに見舞われましたが、無事帰ってこれたので、結果オーライ。

 

それでは、トラブルに、いや違った、トラベルに出発。

豆福と出かけたのは17日(火)。

現地の天気予報は、何と言うことか21日まで雨マーク!

 

セントレア空港に近づくにしたがって機外に雨が流れるのが見えます。

s-1006-1.jpg 

頼みの綱は、今回、セントレアまで迎えに出てくれたさん。

源氏物語のスペシャリストとしての顔ばかりでなく、晴れ女としての顔も持っているのです。

このお方は、先月のアラ・セヴを寿ぐクラス会で、北海道に向かっていた台風15号を蹴とばした女傑のお一人なのです。

セントレアでレンタカーを借りて、3名で出発。

雨は車の天井を叩き、ワイパーは動きっぱなし。

止みそうにないな~?

 

・・・・・

ところが、目指す先の方に青空が見え始めたではありませんか。

オーッ!

期待が高まります。

 

可児(かに)市の道の駅でもう一人の案内人さんと合流。

何と、Iさんも晴れ女。

こうなると、雨は降っているわけにいきません。 

何と言う神通力。

 

さんの車に同乗して花フェスタ記念公園で秋バラを探索。

お~っと、その前に、Iさん行きつけのレストランで、豪華なランチをいただきました。

支払いは、さんに甘えてしまいました。恐縮です。

おいしくて、楽しい時間。 ご馳走さまでした。

 

秋バラは、長雨に打たれていましたが、今日の晴れ間はルンルン。

s-1006-2.jpg 

丁度、「バラまつり」の真っ最中。

こちらでは、今が秋バラの季節なんですね。

 

黒い実がなる並木通りがありました。

ん? これはなんじゃ?

s-1006-3.jpg 

表示を見ると「ナンジャモンジャ通り」。

「ヒトツバタゴ(一ッ葉タゴ)」という名前なのですが、別名が「ナンジャモンジャ」。

 

調べてみると、「ナンジャモンジャ」と名付けられる樹種には、ヒトツバタゴのほかにクスノキ(樟)、ニレ(楡)、イヌザクラ(犬桜)、ボダイジュ(菩提樹)などがあるのだそうです。

何で、これほどに「ナンジャモンジャ」がもてはやされるのか。 不思議。

 

バラ園では、つかの間の日差しを惜しむかのように四季咲きのバラが化粧を整え、一季咲きの薔薇はローズヒップを実らせるのでした。

s-1006-4.jpg 

 


それにしてもこの公園は広い。

s-1006-5.jpg 

時間の都合上、残念だけれど、この辺で花フェスタ記念公園にグッパイです。

 

「今は栗のおいしい季節、おやつに栗きんとんを頂きましょう」

I さんの誘惑に負けて栗菓子の店でティータイム。

栗きんとんと抹茶で一服。 これもおいしかった! 

時には、誘惑に負けるのもいいもんです。

s-1006-6.jpg 

 (これは、地面のオブジェです)


ここの支払いはIさんに甘えてしまいました。

お二人に甘えっぱなしで、しかも食い逃げ?

ボクの財布は痛まなかったけれど、少し心が痛みました。

さん、Iさん、お世話になりました!

そして、ごちそうさまでした。

 

大垣まで1時間+α の道のりを考えると、そろそろ、おいとまの時間です。

この続きは、後日。






PageTop

陶芸の里


一昨日のことです。
この日は、立冬でした。
s891-1立冬 Wikipedia

旧暦の二十四節気は、季節の予告編なのだと思っていたのですが、
まるで本番のような積雪。
s891-2.jpg

雪は積もっていたのですが、お天気は良好。
これを逃したら、冬囲いが終わらない!
バラの消毒など、相当手抜きなってしまいましたが、
無理やりコモで囲って、一応、冬囲い終了! ということにしました。
これで、心置きなく? 旅の続きをアップすることができ ・ ・ ・ ませんでした。
あれよあれよという間に、睡魔と仲良くなって、延び延びになってしまったのです。


話は前後しますが、佐賀の旅の2日目は陶芸の里巡りでした。
伊万里も有田も有名窯元がたくさんあって迷うのですが、
まずは、伊万里市の大川内山、「伊万里・有田焼伝統産業会館」へ
s891-3.jpg

さすが、陶芸の里だね。
地区の案内図が陶板。
s891-4.jpg


トイレの案内図まで陶器だよ!
s891-5 )


会館の展示物を見ていると、地区を案内するボランティアさんが
「 あなたたちは、ラッキーね! 」
「 えっ、なんで? 」
「 11月から 「 鍋島献上の歩み展 」 があるので、献上品が展示されたばかりなのですよ 」
s891-6.jpg

献上品と言っても献上品そのものが展示されているわけではありません。
献上したものを 「 展示するから、返して 」 とは、言いにくいよね。
献上式の写真とともに同等品が展示されているというわけ。
ということは、同じような品をいくつも焼いて、その中からセレクトして献上するということ?
なんとも贅沢な美術品です。

伊万里市の大川内山には、窯元がいくつもあって、まわりきれないのですが、
「 畑萬 」 は、財布に厳しいお値段でしたが、目の保養になりました。
s891-7.jpg

そういえば、橋の欄干も、陶器で化粧されていて、重厚感いっぱい。

会館から少し歩くと、川沿いに木橋 ( 「 とうこうばし 」 ) があります。
それを渡ると、大きな風鈴が歓迎の音色を奏でるのです。
s891-8.jpg
その先には丸太をくり貫いたシシオドシしがありました。
水を放出する反動で陶石を砕いているのです。
茶室の鹿威しは、風情がありますが、ここの鹿威しは、ダイナミックとしか言いようがありません。

伊万里の後は、有田へ。
有田も見るところ満載なので、まよいます。
まずは腹ごしらえ。
観光協会で紹介された店の一つが 「 ギャラリー有田 」
s891-9.jpg

陶器の展示販売とレストランが併設されたお店。
人気店らしく、名前を書いてから待つことしばし。
陶器を見ているだけで時間はつぶせるのですが、
食事にありついたのは、午後2時。こうなると、なんでも旨い。

有田で向かったのは、「 九州陶磁文化館 」
s891-10.jpg

撮影はNGだった:ので、展示品をお見せできないのですが、
見ごたえのある器が展示されていました。
ドアの取っ手まで陶器!
s891-11.jpg

展示品ばかりでなく、陶芸の歴史も知ることができました。
焼き物には、土器、陶器、磁器という区分だけでなく炻器(せっき)という区分があるのも知りました。
備前や信楽などがこのジャンルになるのだそうです。
知っている人にとっては、当たり前のことですが、恥ずかしながらボクはこの「九州陶磁文化館」で知ることとなりました。
日本セラミックス協会の「日本のやきもの分類」によると

s891-12日本のやきもの/分類1
s891-13日本のやきもの/分類2
s891-14日本のやきもの/分類

詳細はHPでごらんください。
日本のやきものの分類
勉強になりました。 

有田から、佐賀市への道のりは高速で約1時間。
夕食は、佐賀のTさんご夫妻と小料理屋の 「 おかぎ 」 で。
s891-15.jpg

久しぶりの再会だったので、話が尽きません。
でも、翌日の熱気球世界選手権は朝が早いのです。
区切りのいいところで、グッバイ。
話の続きは、来年の自治大学校フロアー会まで持越しとなりました。







PageTop